りくりゅうペアはなぜ強くなった?きっかけは?金メダルまでの軌跡を徹底解説!【ミラノ五輪】

当ページのリンクには広告が含まれています。
りくりゅうペアはなぜ強くなった?きっかけは?金メダルまでの軌跡を徹底解説!【ミラノ五輪】
スポンサーリンク

「気づいたら世界一になっていた」

そんな印象を持った方も多いのではないでしょうか。

三浦璃来選手と木原龍一選手の”りくりゅうペア”。

ミラノ五輪でフィギュアスケートペアで日本初の金メダルを獲得し、世界の頂点に立ちました。

でも「いつからこんなに強くなったの?」と思った方もきっと多いはずです。

今回は、「りくりゅうペアはなぜ強くなった?きっかけは?金メダルまでの軌跡を徹底解説!【ミラノ五輪】」と題してご紹介します。

りくりゅうが”本物の世界王者”になるまでの転機と軌跡を、徹底解説します。

スポンサーリンク
目次

【フィギュアスケートペア】三浦璃来と木原龍一が日本初金メダル!

今回の金メダルがどれくらいすごかったのか?

まずそこから確認していきましょう。

ミラノ五輪、ショートプログラムを終えた時点で5位。

首位との差は6.9点。

「さすがに今回は厳しいかも…」 そんな空気が漂う中、翌日のフリーで2人は全力を爆発させます。

圧巻のリフト、息ぴったりのジャンプ、会場を包み込むようなスケーティング。

フリーでは世界歴代最高得点158.13点を叩き出し、合計231.24点で大逆転優勝。

演技終了後、木原選手は涙が止まらず、三浦選手が優しく包み込む姿が日本中に届きました。

日本フィギュアスケート史上、ペア競技での五輪金メダルはこれが初めてのことでした。

100年以上の歴史の中で、ペアは「日本には難しい」と言われ続けてきた種目です。

そのイメージをりくりゅうが完全に塗り替えたのです。

それが、これほど話題になった理由です。

スポンサーリンク

りくりゅうペアはなぜ強くなった?きっかけは?

「突然強くなった」わけではありません。

この結果が出るまで、いくつかの大きな転機がありました。

“引退寸前”だった木原龍一の転機とは?

三浦璃来選手との出会いが木原選手の運命を変えます。

実は、2人が出会ったとき、木原選手は競技を続けるか本気で迷っている状況でした。

2019年夏、前のペアを解消した木原選手は、アルバイトをしながら競技を続けていました。

日本スケート連盟のペアトライアル(相性確認の試技)に「手伝い」として呼ばれたその日。

スケート靴を脱いでリンクを去ろうとした瞬間、コーチのブルーノ・マルコット氏が叫びます。

リュウイチ、靴をはけ!

そこで三浦選手とはじめて滑った瞬間、関係者が「雷が落ちたようだった」と語るほどの化学反応が起きました。

合わせにいくのではなく、最初から”合っていた”

この出会いがなければ、今のりくりゅうは存在しなかったと言われています。

2人を変えたコロナ禍の”試合がない1年”

試合が消えたコロナ禍の期間が、実はりくりゅうの土台をつくる最大の修業期間になりました。

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により国際大会がほぼ全て中止に。

しかし2人は、カナダのトロントでマルコットコーチのもと、週5回のみっちりしたレッスンを継続しました。

スピード・エッジワーク・リフト技術など、世界と戦うための基礎がこの時期に一気に固まっていきます。

「あの時期があったから、その後の成長があった」と木原選手は振り返っています。

また、離れられない環境の中で「喧嘩してもその日のうちに解決する」というルールを2人で決め、信頼関係も深まっていきました。

技術と信頼、両方がそろった期間がここにあります。

年間グランドスラムが「最大の転換点」

2022–23シーズン、りくりゅうは主要国際大会を全て制覇する「年間グランドスラム」を達成しました。

  • グランプリファイナル 優勝
  • 四大陸選手権 優勝
  • 世界選手権 優勝

この1シーズンで「挑戦者」から「倒される側」へ、立場が完全に変わります。

木原選手は「気持ちの面での成長が、やっぱり強くなった」と語っています。

三浦選手も「7年間積み上げてきたものは嘘じゃなかった」と振り返っているように、この時期に2人は本物の”世界王者”へと変わりました。

スポンサーリンク

金メダルまでの軌跡を徹底解説!

りくりゅうの強さは、決して順風満帆に積み重ねてきたわけではありません。

たくさんの苦難もありました。

出会いから金メダルまで、7年間の歩みを一気に振り返ります。

りくりゅう年表|結成から金メダルまで

シーズン主な出来事
2019年夏ペア結成・カナダへ拠点移動
2019–20初シーズン。NHK杯5位・四大陸選手権8位でスタート
2020–21コロナ禍で試合なし→基礎を徹底強化
2021–22北京五輪 団体戦銀メダル/個人7位(日本ペア初入賞)
2022–23年間グランドスラム達成。世界選手権初優勝 
2023–24木原が腰椎分離症で長期離脱→世界選手権で復帰・銀メダル
2024–25世界選手権優勝・GPファイナル優勝で五輪へ向け最終調整
2026年2月ミラノ五輪 ペア金メダル (日本ペア史上初)

北京五輪後の急成長、何が変わった?

北京五輪(2022年)で団体戦銀メダル・個人7位という結果を残したりくりゅう。

この時点ですでに世界トップクラスでしたが、そこからさらに加速します。

カナダを拠点にマルコットコーチのもとで磨いたのは、スピード・エッジワーク・リフトの精度。

さらに、演技の完成度を左右するサイドバイサイドジャンプの精度が格段に上がり、GOE(出来栄え点)での加点が増えたことが得点力アップの大きな要因です。

翌2022–23シーズンには年間グランドスラムを達成。

世界中から「倒すべき王者」と見られるポジションへ、完全に変わりました。

 怪我と欠場、2人はどう乗り越えた?

順調に見えた道のりにも、大きな試練が訪れます。

2023–24シーズン、木原選手が腰椎分離症を発症。

グランプリシリーズ全戦と全日本選手権を欠場するという、これまでで最も苦しいシーズンになりました。

復帰戦となった四大陸選手権では2位。

そして世界選手権では銀メダルを獲得し、ミラノ五輪への出場権をつなぎとめます。

「諦めなくて本当に良かった」

ミラノ五輪後、木原選手が語ったこの言葉には、あの苦しかったシーズンへの思いが詰まっていました。

そして迎えたミラノ五輪。

ショート5位からフリーで世界歴代最高得点158.13点を叩き出し、日本ペア史上初の金メダルを手にしました。

あの逆転劇は、すべての試練があったからこそ生まれたものだったのかもしれません。

スポンサーリンク

りくりゅうプロフィールを紹介!

2人のプロフィールを紹介します。

三浦 璃来木原 龍一
生年月日2001年12月17日1992年8月22日
出身地兵庫県愛知県
所属木下グループ木下グループ
趣味コスメ探し・ゲーム野球・サッカー
特徴驚異的なジャンプ精度・体幹の強さ力強いリフト・抜群の安定感

ミラノ五輪時点で三浦選手は24歳、木原選手は33歳。

9歳差のペアです。

趣味を見ると、三浦選手は「コスメ探しとゲーム」、木原選手は「野球とサッカー」と、リンク外での顔は全く違います。

それでも氷の上では完全にぴったりと息が合う2人です。

そのギャップも、”りくりゅう”が多くの人に愛される理由のひとつかもしれません。

オフにはゲームで2人一緒に盛り上がることも多く、三浦選手は負けず嫌いなため木原選手がわざと負けてあげることもある、というほっこりエピソードも有名です。

スポンサーリンク

まとめ

りくりゅうが強くなったのは、決して偶然ではありません。

引退寸前だった木原選手がリンクに残り、三浦選手と運命的な出会いを果たしたこと。

コロナ禍という逆境の中でひたすら積み上げた基礎力。

年間グランドスラムで証明した精神的な強さ。

そして、腰の怪我という試練を2人で乗り越えて掴んだミラノ五輪での大逆転劇。

そのすべてが積み重なった結果が、あの金メダルです。

彼らの演技が”ただの高得点”ではなく「物語」に見えるのは、そうした背景があるからだと思います。

次の舞台でも、きっと私たちの想像を超える演技を見せてくれるはずです。

今回の記事では、「りくりゅうペアはなぜ強くなった?きっかけは?金メダルまでの軌跡を徹底解説!【ミラノ五輪】」と題してご紹介しました。

今後の活躍もぜひ見たい!

そう思える2人をこれからも応援したいと思います。

▶関連記事

りくりゅうの次の試合はいつの予定?

高橋成美の解説は上手?下手?ペアの解説が話題に!

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次